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2009年2月16日月曜日

九州へ



今月上旬。

調査で単身九州へ。長崎~熊本~鹿児島と1都市2日ずつの日程で、資料収集と現場調査。とにかく歩いて、現場を確認するように見て行く。対象と自分の視覚を中心にした感覚の間を幾度も幾度も行ったり来たりしながら、思考へフィードバックさせていく。調査の内容はいずれちゃんとした場面でしかるべきアウトプットをするとして、付随して見て回った建築についていくつか。
長崎は、初めて訪れたので、かなり基本的な建築物からざーっと見た。近作では、運河をまたいで、展示スペースが採られた隈研吾の長崎県美術館と栗生明の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館がかなり印象に残った。後者は特にうまく言葉に出来ない部分もまだあり、どこかでちゃんと整理して言葉にして説明を試みたい。建築自体がどうも静かに建っているわりにどこか饒舌なようで、なんとも言えない。ただ、息をのむ美しい空間が展開していたのは間違いない(アップした写真は国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館)。
近代建築は旧長崎英国領事館が中まで入れなかったけどファサードはかなり良かった。
熊本は、前川國男の熊本県立美術館が良かった。熊本城址の斜面の高低差にうまく展示室を振って、中央の吹き抜けに階段と渡り廊下で出会わせる計画などばっちり。
篠原一男の熊本北警察署は公園に隣接していて前面道路の幅員と、建物前にとった駐車場の関係でかなりセットバックして立っており、町並み的には違和感があまりない印象。相変わらずの力強いヴォリューム感。
鹿児島は現場回りが大変で建築をちゃんと見てまわれなかった印象。ところどころで、片岡安の中央公民館や、曾根達蔵の憲政記念館などは外観見学はできたけれど。

熊本の夜にぶらっと寄った熊本現代美でアラーキー展がやっていてこれがかなりよかった。今回のテーマ、一般公募の母親とその赤ちゃんのヌードポートレイトで、荒木にしかできない仕事ぶり。いい写真がたくさん見れた。

2009年1月28日水曜日

写真日和

なんとも写真写真していた週末。

恵比寿の写真美で「ランドスケープ 柴田敏雄展」を見て、コンパクトデジカメをいよいよ買い替えた。だいぶ悩んだが、これまで使っていたLUMIXで出来たことをパフォーマンスアップするというラインでリコーR10にする。これまでのコンデジで出来ないことをやるには、後日一眼を買う以外にないという判断で、GR、GX系はやめた。まだほとんで触れていないが、感触は上々。値段もかなり安くなっていた。汎用機としては全然充分。
ついで帰りに本屋で木村伊兵衛の本を買う。当時の情報がたくさん詰まった貴重なカットの数々。当時の写真を見ていると、状況記録として撮られているものの中にそれ以上の何かが、逆に淡々と撮られている様に感じる。

前述の写真展。
個人的にはかなり満足。山間の土留めのコンクリート塊の物質量が画面いっぱいに情報として出てくる。麓から山を眺めるとき、山の威容にはいつも圧倒される。それとは微妙にずれてた位置にあるコンクリート塊。山を飲み込むでもなく、コンクリートは斜面に沿って、山に深く刺さって、表面が洗われて居る。山の斜面をどこからか眺めて撮られたカットは、山の斜面をさらに斜めにカット割りされていて、複雑なパースをもたらし、どことなく上下の平衡感覚が失われる。足がぐらつく巨大な画面構成の前に僕は気がつく。僕は今直立して、この写真を見ており、この写真は直立した壁にかけられた写真なのだということに。

2008年12月16日火曜日

結局ジョアンは来なかった。

先週、待ち望んでいたジョアンジルベルトの来日公演は、中止となった。

これも何かのお告げやもしれぬと思い、ジョアンに思いを馳せつつ、有楽町で電車を降り、この日は数ヶ月ぶりに銀ブラすることに。たまたまなのだが、今年僕の一部の知り合いで盛り上がった南博さんの「白鍵と黒鍵の間に」を読みつつ、銀座に向かう。ジャズをやったことのある者、いわゆるハコで演奏をしたことのある者なら、ここに書かれているエピソードと通底するシンパシーは何かしら得られるのではないだろうか。そして、そんな自分の体験よりもより純度の高い強烈な体験こそがそこに込められていて、熱くなる。雨上がりの冷たい有楽町から、銀座へ向かうとき、そんな20年前の空気を網膜の向こう側で想像しながら歩いた。
今日のそぞろ歩きは、エルメスのギャラリーで、フランス人作家アラン・セシャスの展示、資生堂では、写真家津田直の展示を見る。どちらもかなりよかった。満足。遅めの昼食は、つばめグリル(1丁目の本店は建替え改装中で、五丁目の銀座コア店)へ。ここの付け合せのベイクドポテトはいつも美味い。最近、隈さんによるリノベの終わったティファニーなどをチェック。

2007年12月18日火曜日

クロッシング東松

週末は、
恵比寿、東京都写真美術館で東松照明「TOKYO曼荼羅」と、
六本木、森美術館で「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展を梯子する。
どちらもなかなかの展示数あり、恵比寿は一人の作家が多数展示しており、六本木は多数の作家が一点、ないし数点ずつ展示するというもので対照的。長時間かけて、ひとつのストーリーを展示する場合と、一点勝負の表現による展示。全く別のアプローチを続けざまに見ると、展示室の広がりと歩いていくというプロセスで見ていくということに意識的になる。美術館は移動しながら見るというところ、始まりと終わりが設定されているというところにやっぱり大きなエンパワーされたものがあるなぁと思う。
特に森美術館はなかなか広くて、いくつかのポイントがあるとはいえ、毎回展示ルートが変わり、でかい美術館だなぁと思う。それはまるで、前回歩いたときとは別な空間になっているというのは、トルネコの不思議なダンジョンみたいだ(やったことはないのだけど)。特に今回の六本木の展示はまるで、冒険ものの洞窟のようだった。

東松照明の「TOKYO曼荼羅」、案内にも紹介してあるのだけど、「日本を見つめ、」とあり、この「日本」という対象がぐさっときた。同じ日本でなにかを被写体に写真を撮っている写真ならたくさんあるし、僕自身も日本で撮れば、日本の写真が撮れるわけだが、東松の写真に対して使われるこの「日本」を見つめ、「日本」を撮るとは全く意味の違うものだと感じた。それは普段、僕らが日本で起きていることを、世間話の体で語るとき、僕らは日本を語ろうとしているだろうか?日本のことを話題をして、語っているだけでは、東松のした「日本」を見つめて写真を撮ったことと同義の会話は成立していないのだと僕は思う。そういうことを語っている写真群だった。

2007年11月30日金曜日

夜明け

あまりいい趣味ではないと思うけど以前書いた日記を読み返している。意外と忘れてしまっていることだらけだが、それを一文字一文字読んでいくとすぐにそれを書いたときの心持が蘇り、その時の情景が脳裏に一瞬で戻ってくる。
今日、頁を繰ったのは2003年の秋頃、カンボジアでの日記だった。そこで、僕はシェムリアップにあるアキーラー氏の地雷博物館に行く。熱帯林に隣り合った館内には、これまでにアキーラー氏によって信管を抜かれ撤去された夥しい数の地雷が展示されていた(展示というか実際は高く積み上げられていたという方がふさわしいかもしれない)。そして、それらと並んで一角の小さな机には、売上がチャリティーとして地雷撤去に使われる写真集が売られていた。内容はアンコールワットなどカンボジアの風景の写真だ。その中のあるワンカットで僕の頁をめくる手が止まる。確かそれは暗闇の中、アンコールワットのシルエットの向こうから朝日が昇ってくるところを収めた写真だった。画面は全体的に黒というか闇の只中にあり、アンコールは輪郭のみが朝日に縁取られて、その表情はほとんどわからない。この写真にはコメントが脇に小さく申し訳程度に記されていた。

「夜明け」

この小さい白い字を読んだときに僕は手を指を動かすことができなかったのだ。この真っ黒な画面の向こうで小さな光が昇ってこようとしている。しかし、依然として、まだここは夜なのだ。闇の中なのだ。僕は今までに何度でも夜が明けるのを待ち望んでいたし、実際明けなかった夜はなかったのだ。そんなこと自明のことだ。しかし、「自明」。自らが明るい、この「夜明け」?
明るいか?
いや、全く明るくない。まだ、暗いのだ。
僕はこの時まで、夜明けについて明けていくことしか考えたことがなかった。まだ明けてきっていない。闇に覆われた底の底で、夜明けを背にした見えないアンコールワットの表情。どこまでも静かだ。
そして今、またこの時間、表情の見えない向こうを窺いながら、僕は夜が明けるのを待っている。

2007年11月29日木曜日

思い出し日記

これもまたある朝のこと。
それは、中央線の快速電車が、中野を出発して、新宿へ向かう途中だった。西からずっと直線で来ていた線路がちょうど弧を描き始める頃だったから大久保に向かう東中野あたりだったのだろう。僕は中野で椅子に座ることが出来、森山大道の「犬の記憶 終章」を読みながら写真のこと、森山のこと、僕の数少ないカメラマンの知り合いの山口さんのことなどを思いながら、南を向いて最後尾の車両の7人掛けに座っていた。
次の瞬間、がたんというレールの継ぎ目の音に気をとられたような気がして、本から顔を上げると、左頬に冬がはじまったばかりの日差しがあたっているのを感じた。その光を僕は眼の奥に入れると、少しやわらかくて直射の日光が決して眼球の奥を指しているわけではないことを知った。ほんの一瞬だった。やや埃の舞った車内で、光がぼんやりと春にはない明かるさでもって、窓ガラスに反射し、向こう側に新宿の影が見えた。静かな一瞬だった。レールとレールの継ぎ目をまたぐ音がその時だけはしていなかったように感じる。
あっと思い、まだその流れている時間を僕はその時間が立ち去るまでの時間を強く意識して感じていた。彗星が流れるよりは長い時間だ、まだ大丈夫だと思い、カメラが手元にないことを、地球を光が一周するぐらいのスピードだけ呪い、残りの時間はこの時間を忘れないようにと、その光が立ち去るまでは感じてそこに首を傾けて、シートに座っていた。その時間は確かに短かった。気が付いたら、日光は直射で僕の眼を刺し、影だった新宿は大きくなって、歌舞伎町、靖国通り、東口、アルタをプロジェクションしていく。
僕にはまだ撮れない写真が多く存在する。