昨日、自分の家の向かいに住むおばあさんが亡くなり、告別式へ参列した。
このおばあさんは、近所で最も気さくに声をかけてくれる人で、実家へ出戻ってきてからというもの、よくよく会話をしたり、何かしら家の冷蔵庫から持たせてくれたりと、お世話になりっぱなしだった。
そして、彼女は僕の子どもの頃のことをよく知っている人で、彼女にとっての僕とは子ども時のイメージが最も強く、いつまで経っても彼女にとっては僕は坊やであり、こうして亡くなる直前までかわいがってもらっていた。
彼女は家の前で僕を見かけると、いつも挨拶してくれ、そして、僕の全く憶えていない子どもの頃の僕の様子を聞かせてくれた。それはまるで、記憶喪失者のリハビリのようで、自分の知らない宝が僕の中に眠っているのをひとつひとつ掘り起こしてくれるようで、なんともこそばゆいものだった。
知らない自分を知っている。
などと大それたものではないけれど、僕が思い出せない僕の幼少期の記憶、歴史は少なくとも彼女の記憶の断片にはしっかりと刻まれていたのだ。もちろん、今は彼女がいなくなってしまった悲しみと寂しさの只中に自分はいるけれど、同時にもう二度と甦ってこないやもしれない自分の過去、彼女との関係の中にあった幸せの中で過ぎていった時間もまた、沈んでいってしまったような気がする。大人になっていくということ。それは今の自分を知ることになる多くの人と知り合い、自分の原点を知る人はどんどんといなくなっていってしまうという当たり前の事実を前に言葉が出ない。この数年間僕は彼女と会話することで、僕は生まれ育った街で、自分の原点的な何かをもう一度見つめなおしていたのだ。その機会を彼女はその優しさを湛えた笑みと共に僕に与えてくれていたのだ。
今年の正月。
つい1週間半前のことだ。彼女はまだ向かいのうちに自分で挨拶に来てくれるほど、元気だった。それが、ちょっと冬が一瞬本気を見せて、北風を吹かせた途端に彼女を浄土へと連れ去ってしまった。今日も街を冷たい風が吹きさらしていた。
2009年1月7日水曜日
物質と痕跡
自分へのお年玉代わりというわけではないけれど、ちょうど手頃な値段で古本屋に河口龍夫作品集が出ていて早速注文。久しぶりにゆっくりと河口作品を堪能。
去年、近作を展示で見て、気持ちが揺さぶられていたのとは違う感動を初期から中期の作品に感じる。ある物質に残された意図的とも意図的でないとも言える夥しい痕跡の数々。例えとして正しいとは思わないが、はじめて原爆ドームに残された人の影を見たときの言葉に出来ない感覚に近い揺さぶり(決して同じ感覚ではない)が、そこにはある。
生々しい痕跡。暖かくもそこに存在していた何かという、根本的なこちらに訴えかける何か。
痕跡。
このキーワードについては考えたいことがたくさんある気がする。作品をつくるということ。宙に消えない何かが生まれるということ。作品(のようなものも含めて)をどのように呼ぶかは別にして必ず生じる痕跡。そのままにしておけば、時間の流れは痕跡を消し去ることもある。それを風化とも呼ぶ。風化すらも、風が時間の流れの中に爪あとを残し、其の前にあったもの別な形に変えるということだ。
果たして僕は痕跡とどう付き合っているかなどと答えも出さずに自問する。
去年、近作を展示で見て、気持ちが揺さぶられていたのとは違う感動を初期から中期の作品に感じる。ある物質に残された意図的とも意図的でないとも言える夥しい痕跡の数々。例えとして正しいとは思わないが、はじめて原爆ドームに残された人の影を見たときの言葉に出来ない感覚に近い揺さぶり(決して同じ感覚ではない)が、そこにはある。
生々しい痕跡。暖かくもそこに存在していた何かという、根本的なこちらに訴えかける何か。
痕跡。
このキーワードについては考えたいことがたくさんある気がする。作品をつくるということ。宙に消えない何かが生まれるということ。作品(のようなものも含めて)をどのように呼ぶかは別にして必ず生じる痕跡。そのままにしておけば、時間の流れは痕跡を消し去ることもある。それを風化とも呼ぶ。風化すらも、風が時間の流れの中に爪あとを残し、其の前にあったもの別な形に変えるということだ。
果たして僕は痕跡とどう付き合っているかなどと答えも出さずに自問する。
2009年1月6日火曜日
2008年12月16日火曜日
結局ジョアンは来なかった。
先週、待ち望んでいたジョアンジルベルトの来日公演は、中止となった。
これも何かのお告げやもしれぬと思い、ジョアンに思いを馳せつつ、有楽町で電車を降り、この日は数ヶ月ぶりに銀ブラすることに。たまたまなのだが、今年僕の一部の知り合いで盛り上がった南博さんの「白鍵と黒鍵の間に」を読みつつ、銀座に向かう。ジャズをやったことのある者、いわゆるハコで演奏をしたことのある者なら、ここに書かれているエピソードと通底するシンパシーは何かしら得られるのではないだろうか。そして、そんな自分の体験よりもより純度の高い強烈な体験こそがそこに込められていて、熱くなる。雨上がりの冷たい有楽町から、銀座へ向かうとき、そんな20年前の空気を網膜の向こう側で想像しながら歩いた。
今日のそぞろ歩きは、エルメスのギャラリーで、フランス人作家アラン・セシャスの展示、資生堂では、写真家津田直の展示を見る。どちらもかなりよかった。満足。遅めの昼食は、つばめグリル(1丁目の本店は建替え改装中で、五丁目の銀座コア店)へ。ここの付け合せのベイクドポテトはいつも美味い。最近、隈さんによるリノベの終わったティファニーなどをチェック。
これも何かのお告げやもしれぬと思い、ジョアンに思いを馳せつつ、有楽町で電車を降り、この日は数ヶ月ぶりに銀ブラすることに。たまたまなのだが、今年僕の一部の知り合いで盛り上がった南博さんの「白鍵と黒鍵の間に」を読みつつ、銀座に向かう。ジャズをやったことのある者、いわゆるハコで演奏をしたことのある者なら、ここに書かれているエピソードと通底するシンパシーは何かしら得られるのではないだろうか。そして、そんな自分の体験よりもより純度の高い強烈な体験こそがそこに込められていて、熱くなる。雨上がりの冷たい有楽町から、銀座へ向かうとき、そんな20年前の空気を網膜の向こう側で想像しながら歩いた。
今日のそぞろ歩きは、エルメスのギャラリーで、フランス人作家アラン・セシャスの展示、資生堂では、写真家津田直の展示を見る。どちらもかなりよかった。満足。遅めの昼食は、つばめグリル(1丁目の本店は建替え改装中で、五丁目の銀座コア店)へ。ここの付け合せのベイクドポテトはいつも美味い。最近、隈さんによるリノベの終わったティファニーなどをチェック。
冬至間近、満月通過
前回の翌週あたりからの動き。
月曜午前中、研究室会議。午後は設計課題TA、敷地調査の発表を聞き、それにコメントする。現場で自分が見落としていた事象もあり、勉強になる。夕方、神楽坂へ移動し、新宿区の現場の方との懇親会に出席。年度代わりで今年から担当になった方と初めてちゃんと顔を合わす。話盛り上がり、来年の展望などを聞く。火曜から木曜は、どうも作業をしたり、学内の図書館で資料を探したりしていたようだ。金曜、国会図書館へ。国会図書館は書庫から出せる資料数と、一回の複写できるページが決っているため、時間をうまく組み合わせないと時間のロスが多い。例えば、複写コーナー2箇所をうまく使い、その間に別な資料の請求をしたり、と。日曜。スタジオに入る。友達に呼ばれて、遊びに出かけた格好だったが、集められたメンバーが思わぬ人選で、かなり楽しく音楽できた。バイナリのヘイ君なども駆けつけ豪華なセッション。ただ、時間的には消化不良で、また近々に集まりたい感じ。自分としては、tko氏とハイネマン521が揃っていたのが、今までにない組合せで感慨深かった。軽く近くの飲み屋で打ち上げ。ちなつ嬢もやってきて、ホーミー談義に花が咲き、ホーミーの合唱。
翌火曜、博士課程自主ゼミ、通称Dゼミ。同期の発表、かなり議論が盛り上がり、刺激的だった。自分もがんばらねば。水曜、ここ最近の懸案事項だった論文を提出。あとは野となれ山となれ。木曜、本MTG。今日は作業日というか検討日というか、今までよりもやや議論のレベルが具体的なレベルに落ちてきたので、かなり充実していた気がする。修士課程の議論参加率も上がってきた。土曜、友人の結婚式で横浜へ。非常に素敵な祝福されるべきカップルの結婚式というのは、本当に気分が良い。みなとみらいの観覧車の見える、お二人らしいロケーション。近くには業務ビルもあるわけで日常的に観覧車が見えるってどんな気分かしらなんて思いつつ、麦酒や葡萄酒を煽る。久々に会うミュージシャン仲間と年齢と活動スタンスなどの話で盛り上がる。日曜、ジョアンは結局来なかった。残念。次の機会を心より待ち望む。
月曜午前中、研究室会議。午後は設計課題TA、敷地調査の発表を聞き、それにコメントする。現場で自分が見落としていた事象もあり、勉強になる。夕方、神楽坂へ移動し、新宿区の現場の方との懇親会に出席。年度代わりで今年から担当になった方と初めてちゃんと顔を合わす。話盛り上がり、来年の展望などを聞く。火曜から木曜は、どうも作業をしたり、学内の図書館で資料を探したりしていたようだ。金曜、国会図書館へ。国会図書館は書庫から出せる資料数と、一回の複写できるページが決っているため、時間をうまく組み合わせないと時間のロスが多い。例えば、複写コーナー2箇所をうまく使い、その間に別な資料の請求をしたり、と。日曜。スタジオに入る。友達に呼ばれて、遊びに出かけた格好だったが、集められたメンバーが思わぬ人選で、かなり楽しく音楽できた。バイナリのヘイ君なども駆けつけ豪華なセッション。ただ、時間的には消化不良で、また近々に集まりたい感じ。自分としては、tko氏とハイネマン521が揃っていたのが、今までにない組合せで感慨深かった。軽く近くの飲み屋で打ち上げ。ちなつ嬢もやってきて、ホーミー談義に花が咲き、ホーミーの合唱。
翌火曜、博士課程自主ゼミ、通称Dゼミ。同期の発表、かなり議論が盛り上がり、刺激的だった。自分もがんばらねば。水曜、ここ最近の懸案事項だった論文を提出。あとは野となれ山となれ。木曜、本MTG。今日は作業日というか検討日というか、今までよりもやや議論のレベルが具体的なレベルに落ちてきたので、かなり充実していた気がする。修士課程の議論参加率も上がってきた。土曜、友人の結婚式で横浜へ。非常に素敵な祝福されるべきカップルの結婚式というのは、本当に気分が良い。みなとみらいの観覧車の見える、お二人らしいロケーション。近くには業務ビルもあるわけで日常的に観覧車が見えるってどんな気分かしらなんて思いつつ、麦酒や葡萄酒を煽る。久々に会うミュージシャン仲間と年齢と活動スタンスなどの話で盛り上がる。日曜、ジョアンは結局来なかった。残念。次の機会を心より待ち望む。
2008年11月28日金曜日
久方振り
しばらく、間があいてしまった。
という書き出しの日記を僕はこれまでに何回書いただろうかと思う。書く気がしなかったのだからしょうがない。過ぎ去ってしまった日々については、どんどんと忘れていく一方のようだが、必ずしもそうとだけは言えない時間量があった。今はこれについて自分は記述する術は持ち合わせていないが、いずれまたどこかで書くこともあるだろうと思う。
近過去を語るとはそれだけ難しいことでもある。
とはいえ、今年度の重要なタスクのひとつが一区切りし、しかし最大のタスクはまた次の機会にホールドオーヴァーされた。今はまだ期が熟していないということか。そう思い込むことにしたか。それについての判断は今はまだ出来ない。これもまた判断した今となっては、選択を終えた近過去のことになってしまったのだ。結果は数年後かもしれない。
とはいえ、最近の忙しさについては何か記しておきたく、久々の書き込みとなった。
今月は、三五嬢のグループ展を見に行った翌週、月曜設計演習のTAが始まり、火曜は学内で本MTGと、大塚でMTG、水曜は神楽坂で地元勉強会、日曜から月曜で設計演習課題地、長岡視察、火曜に学内で先生交えての本MTG、水曜は旧古河邸にて話し合いの場に同席、木曜はTAと鈴木先生最終講義シリーズに出て、近々に入るスタジオでのプランについて少し思いを馳せて練習する。
それぞれがそれぞれのパズルのピースを持っていて、今手元にはそれぞれ別々のパズルのピースがあるが、いずれどこかで、一つになるような気がする。
という書き出しの日記を僕はこれまでに何回書いただろうかと思う。書く気がしなかったのだからしょうがない。過ぎ去ってしまった日々については、どんどんと忘れていく一方のようだが、必ずしもそうとだけは言えない時間量があった。今はこれについて自分は記述する術は持ち合わせていないが、いずれまたどこかで書くこともあるだろうと思う。
近過去を語るとはそれだけ難しいことでもある。
とはいえ、今年度の重要なタスクのひとつが一区切りし、しかし最大のタスクはまた次の機会にホールドオーヴァーされた。今はまだ期が熟していないということか。そう思い込むことにしたか。それについての判断は今はまだ出来ない。これもまた判断した今となっては、選択を終えた近過去のことになってしまったのだ。結果は数年後かもしれない。
とはいえ、最近の忙しさについては何か記しておきたく、久々の書き込みとなった。
今月は、三五嬢のグループ展を見に行った翌週、月曜設計演習のTAが始まり、火曜は学内で本MTGと、大塚でMTG、水曜は神楽坂で地元勉強会、日曜から月曜で設計演習課題地、長岡視察、火曜に学内で先生交えての本MTG、水曜は旧古河邸にて話し合いの場に同席、木曜はTAと鈴木先生最終講義シリーズに出て、近々に入るスタジオでのプランについて少し思いを馳せて練習する。
それぞれがそれぞれのパズルのピースを持っていて、今手元にはそれぞれ別々のパズルのピースがあるが、いずれどこかで、一つになるような気がする。
2008年9月22日月曜日
審議か裁判か
中日新聞記事より区画整理に関して、以下のような裁判結果が出た。
判決文など読んでいないが、ニュースで見る限り結果そのものには納得。但し、現在の裁判でしか計画の是非を問えないような状況を解決しない限り、対処療法に過ぎないのではないかと思う。如何に計画を行なうかと同じだけ如何に計画をやらないか、検討出来るかということも重要だ。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20080911/CK2008091102000230.html
-----------------以下、引用--------------------------------------------
判決文など読んでいないが、ニュースで見る限り結果そのものには納得。但し、現在の裁判でしか計画の是非を問えないような状況を解決しない限り、対処療法に過ぎないのではないかと思う。如何に計画を行なうかと同じだけ如何に計画をやらないか、検討出来るかということも重要だ。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20080911/CK2008091102000230.html
-----------------以下、引用--------------------------------------------
浜松・区画整理訴訟 最高裁、42年ぶり判例変更
2008年9月11日
静岡地裁に差し戻し浜松市の遠州鉄道・遠州上島駅(浜松市中区)の土地区画整理事業をめぐり、住民が事業計画の決定段階で取り消しを求める訴訟を起こせるかどうかが 争われた裁判の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・島田仁郎長官)は10日、42年ぶりに判例を変更し「訴えることができる」との判断を示した。住民側 の訴えを退けた一、二審判決を破棄、審理を静岡地裁に差し戻した。
1966年の最高裁判決では「計画の決定は一般抽象的な『青写真』にすぎず、訴えの対象にはならない」と判示。交換する土地を具体的に指定する 「仮換地」の段階で初めて訴えることができるとしていた。今回の判決で早い段階で、反対住民らが決定の取り消しを求めることが可能になる。
15人の裁判官全員一致の判決意見。
遠州上島駅の高架化などに伴う土地区画整理事業で、浜松市が2003年に対象地区や概要などを示した事業計画を決定し、計画に反対する地権者ら34人が計画の取り消しを求めて提訴した。
大法廷判決は「計画が決定し公告されると、換地処分まで建築制限を課されるなど、宅地所有者の法的地位に直接的な影響が生ずる」と指摘。「処分後 に訴えを起こし、計画の違法性が認められても、既に工事が進んでいて事業全体に混乱をもたらすとして、訴えは退けられる可能性が高い。住民の権利救済は十 分に果たされない」として、計画決定段階で訴えることの合理性を認めた。
一審の静岡地裁、二審の東京高裁はともに、66年の最高裁判決に沿って住民側の訴えを退けていた。
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