2009年3月17日火曜日

展示によって伝えるということも仕掛けていた

週末、最終日が迫っている東京オペラシティでの「都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み」展へ。

ヨーロッパを中心にスイスで活動している設計事務所ディーナー&ディーナーのプロジェクト展。かなり力の入っている冊子を見ながら、その通し番号がふられたプロジェクトの模型やコンペのプロジェクトブックを見るというもの。建築単体のプロジェクトからマスタープラン、新築からリノベーション、増改築まで幅広く、充実したその活動の物量に圧倒される。
どれも、かなり理性的なある種の正しさの元に設計、計画が立てられている印象が、とてもよかった。入り口で配られた冊子と展示の順番は必ずしもあっておらず、誰かの感想では宝探しのようだとプラスにとられていたが、ナビゲーションは正直わかりにくいものだった。

しかし、都市プロジェクトなどはもちろん、建築のプロジェクトの類は、絵画ではない。一目で「これはだめだな」と思うものは問題外だが、そう簡単に、それが何であるかなんて理解できない。
冊子で会場に展示されたプロジェクトを確認して、これはどんな計画なのか立ち止まってゆっくりと見る。冊子と、模型を何度も行き来しながら、展示品の周りをぐるぐる回る。このペースでないと展示内容は、ちょっと理解できないだろう。でないと、なんだかよくわからない内にそこを通り過ぎてしまう。
この展示は、何でも情報をわかりやすく、サービスとして出すことでは、逆に通り過ぎてしまうメッセージ、計画案を伝えようとしているように感じた。見る側は、しっかりと見てくれる、見たいと思う人が来てくれる。その人たちが自由にじっくりと鑑賞できるように、プログラムする。という、コンセプトなのではなかっただろうか。敷居が高いようでもあるが、理想も志も高い展示だったと思う。

2009年3月12日木曜日

装丁と新展開

数日前の思い出し日記。

田中さんと研究会。来年度の展開などについて話をする。
これまでの課題がクリアーになる部分もあり、実際の行動に出るということ、調査をしっかりやるということ。で、合意。来年度も楽しくなりそうだ。

注文していた古本が届く。比較的大きめの古本はきっちりと梱包され、それと一緒に古書目録も同封されていた。港や書店の古書目録は装丁が格好良い。他の古書店が比較的おとなしめだが、写真の四方裁ち落としで、表、裏表紙、背表紙とそれぞれ別々の写真をうまくつかっている。今回は大正時代は大阪の女学校の市内見学記念写真帳からのもので、とてもよい。

新宿ニュース

自分が調査等で関わった件が
ニュースになりました。
よかったらどうぞ。

http://www.mxtv.co.jp/mxnews/news/200902247.html

2009年3月11日水曜日

西国街道を往く


今月の地方出張調査を行ってきた。

場所は姫路、岡山、福山の3都市。
いずれも城下町都市で、城が現存、復元されている。こうして立て続けに城下町を訪れ、例外なく、登城したりすると、やはり子供の頃から自分が城好きだったんだなぁという感慨が、当時のわくわくした感情の記憶の断片とともに込み上げてくる。もっというと、僕は城の建築そのものよりも、プランや石垣が好きだった気がする。城模型も城を建築物単体で見るよりもサイト、ジオラマとして捉えて制作していたような。
当時から今につながる何かがあるなぁ。なんて思ったり。
ついでに言うと、世界遺産にもなった、国宝姫路城のかっこよさはなんと言っても石垣のかっこよさにあるような気がした。傾斜が急で、高くそびえている。その基壇のリフトアップ効果がなんとも、プロポーションをよくみせているようだ。

月末にも地方調査が控えている。

2009年2月20日金曜日

本が時間を旅する

大学の総合図書館の書庫はお気に入りの場所の一つだ。
天井が低く、ほの暗い。陰気な感じで生きた心地はあまりしないのだが、
それでも圧倒的な数の本が陳列されて、ふつふつと語りかけてくるようなそんな場所。感応センサーで自分のいる書棚の上の照明がつく。自分のいる部屋の離れた奥の棚の方で明かりがついて、頁を繰る音が聞こえる。上の階を人が歩く音がする。自分のそばで自分と違う世界へと出かけている人の気配とその音。そんな場所。

自分はその日は磯村先生の著作物を調べていて、借りてきた一冊を開くと本の頁の間から昔の貸出用紙の複写紙が出てきて、昭和40年11月22日に借りられたことを告げた。昭和40年から平成21年までの間にこの本を手に持った者がいないかどうかはわからないけれど、そこで本を開いた人が書棚に戻し、それを次に自分が手にしたことは間違いない。若い夏目漱石は、この図書館(厳密には当時のものとは違う)にあるすべての本のすべての頁に誰かが読んだ痕跡があることを三四郎を通じて驚嘆していた。

図書館の何か、醍醐味を感じさせる一瞬。

2009年2月16日月曜日

九州へ



今月上旬。

調査で単身九州へ。長崎~熊本~鹿児島と1都市2日ずつの日程で、資料収集と現場調査。とにかく歩いて、現場を確認するように見て行く。対象と自分の視覚を中心にした感覚の間を幾度も幾度も行ったり来たりしながら、思考へフィードバックさせていく。調査の内容はいずれちゃんとした場面でしかるべきアウトプットをするとして、付随して見て回った建築についていくつか。
長崎は、初めて訪れたので、かなり基本的な建築物からざーっと見た。近作では、運河をまたいで、展示スペースが採られた隈研吾の長崎県美術館と栗生明の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館がかなり印象に残った。後者は特にうまく言葉に出来ない部分もまだあり、どこかでちゃんと整理して言葉にして説明を試みたい。建築自体がどうも静かに建っているわりにどこか饒舌なようで、なんとも言えない。ただ、息をのむ美しい空間が展開していたのは間違いない(アップした写真は国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館)。
近代建築は旧長崎英国領事館が中まで入れなかったけどファサードはかなり良かった。
熊本は、前川國男の熊本県立美術館が良かった。熊本城址の斜面の高低差にうまく展示室を振って、中央の吹き抜けに階段と渡り廊下で出会わせる計画などばっちり。
篠原一男の熊本北警察署は公園に隣接していて前面道路の幅員と、建物前にとった駐車場の関係でかなりセットバックして立っており、町並み的には違和感があまりない印象。相変わらずの力強いヴォリューム感。
鹿児島は現場回りが大変で建築をちゃんと見てまわれなかった印象。ところどころで、片岡安の中央公民館や、曾根達蔵の憲政記念館などは外観見学はできたけれど。

熊本の夜にぶらっと寄った熊本現代美でアラーキー展がやっていてこれがかなりよかった。今回のテーマ、一般公募の母親とその赤ちゃんのヌードポートレイトで、荒木にしかできない仕事ぶり。いい写真がたくさん見れた。

2009年1月29日木曜日

その都市のその場所のその時間

先日、移動中に地下鉄の構内のフリーマガジンのラックから一冊のフリーマガジンを手に取った。東京の地下鉄は、これでもかというぐらいの多種多様な情報小冊子で溢れているが、その雑誌もその一つ。どこかの不動産屋と広告屋が出していたものだったと思う。
今手元にもはやないので、そのマガジンのタイトルも憶えていない(ビラのことをフライヤーとはよく言ったものだ)。記憶を辿ると、「銀座なんとか」だったと思う。そう、銀座に特化したフリーマガジンだった。エディトリアルはいたって普通なのだが、銀座のいろいろな店にいろいろなシチュエーションで出かけていった人を想定したような感じで、○時の××のお店にいったビジネスマンといった形でお店を紹介する。最初が朝7時のヨガスタジオと、論語素読の喫茶店だったので、少し、「おっ」と思ってなかを見る。テーラー氏のインタヴューがあり、好きな銀座の時間はまだ誰もお客の来ていない朝、街が動き出す前の中央通りが好きだと言っていた。その雑誌はある種の広告媒体であるから、都市の中の時間を語る舞台となる空間はもちろんどこかの店なのはしょうがないが、都市の中のある場所には、常に附随する印象が空間を祝福する時間がある。毎日やってくる24時間1440分の内、その時間、瞬間にならないとその空間は場所の扉を開かない。テーラー氏の銀座の中央通りの扉はまだ薄暗い直線がほんのり青にそまった静かの朝にそっと開くのだ。そう思うと、僕らは普段の大好きな都市のある場所にあっても、知らないまだ開かれていない扉がたくさんあるような気がしてならない。