2009年11月28日土曜日

雨も晴れも曇りも

今月、前半は学会で長岡へ。

久しぶりに先輩にも会い、発表前日の懇親会から、二次会はかなり盛り上がった。遂に先輩同士引き合わせたいと思っていた二人の歴史的邂逅をセッティングすることもでき、かなり満足な飲み会。いろいろな人たちとお話させてもらったが、昔からよく知る人の考え方の変化などにも触れることができて、とても刺激的な飲み会だった。
また、あちこちでの盛り上がりが次の展開をも生み、また一つ自分の前にチャンスがやってきている予感。

翌日、地元の先輩の車で会場入り。自分の発表する午前のセッションは、とても充実していたメンバーで、とても熱が入っている話がたくさん聞けた。ずっとお会いしたかった人ととも会えて満足。

この時期の長岡は新潟らしい気候とのことで、1時間のうちに天気が何回も変わる。雨が降ってザーザーに降り出したかと思うと、20分後には晴れて、太陽が顔を覗かせる。
一日の内にこんなにたくさん虹を見たのははじめてだ。

写真は、帰りのバスから見た風景。ガラス越しの雨と晴れ。



2009年11月13日金曜日

ワインと頭突きの休日

大切な友人の結婚式のため、軽井沢へ。
新幹線で一時間のそこは東京と違う空気に包まれていて、避暑地の木立は既に冬支度をしており、夕焼けに染まる山際は、紅葉なお赤々としていた。

終始和やかなふたりの感じが出ていた素敵な結婚式でとてもよかった。教会結婚式だったのだけれど、今までで一番良い感じの神父さんだったかもしれない。というのは、なんともいい距離感のとれる、望ましい第三者だったような気がするからだ。遠くなく、近すぎず、神様と我々、新郎新婦と我々、新郎新婦と神様の間を取り持つ。ただそこにいて、議事進行するのではなくて、ちゃんと儀式をしていた。

そういう儀式の持っている他所からの承認って普段の生活からは縁遠いけれど節目のけじめとしてはすごい大事なことだなと改めて思った。

帰りの新幹線では、ワインのボトルを抱えた友人とこの秋亡くなったレヴィストロースのことを中心に、ナーガールジュナやお薦め映画の話や超人を発見することについて、駅と老人について、カルロスカスタネダについて
、とりとめなく、楽しく話した。式からずっと、あっという間の時間だった。

2009年11月2日月曜日

知らなかった。

ここ一年ぐらい、好きでよくネタを見ていたお笑いコンビのかたつむりが、今月で活動休止するらしい。家の都合ということらしく、それが解決したら、是非復活して欲しい。
彼らの笑いは悪ふざけというか、舞台が成立するかしないかのぎりぎりのところを突いてくる。お笑いの舞台は当然ながら笑いに来ている客に笑いを提供する。それはある意味ハードルは低いとも言えるし、笑おうとして構えているため、ハードルは高いとも言える。

その中で誰もが見なれたお笑いのステージは、決して見慣れたお笑いが展開しない。漫才がいつまでも始まらない。ボケの林がぐずって、漫才が全然始められない。ツッコミの中澤は、お客に謝りながら、林を何とか説得して、漫才を始めたい。会話はなんとかぎりぎりで成立している。駄々を捏ねるとはまさにそういう状態。概ね相手の言っていることはわかるけど、落としどころのない状態が、ずっと続く。
中澤の声を張った説得は、胡散臭さと本気っぽさが両立していて、理解しがたいボケの林が、茶番と真剣なボケの境界をぼかす。だんだん、本当に何を見せられているのかわからなくなる 笑
そこに真顔で林が「俺だって漫才やりたかったんだ」というとどめを刺す。

客と演者の共感のできなさが、舞台上で漫才を成立させ、舞台上では、意思の疎通が図れないまま(意思の疎通の探り合いこそが、漫才というか会話を成立させる前提でもある)、ただひたすらに漫才を渇望する2人。逆説的であるが故に、ボケとツッコミが、茶番の上でリアリティを持って上演され、ドライブしていく。そして、彼もまた客観視された遠いところから舞台を眺めて、舞台を、漫才を求めているのだ。

僕はかたつむりの活動休止ももしかしたら大いなる彼等の茶番なのではないかと期待している。そして、復活のときにはまた、あのサンパチマイクを探すのだ。