2009年1月14日水曜日

北風は、連れ去った

昨日、自分の家の向かいに住むおばあさんが亡くなり、告別式へ参列した。

このおばあさんは、近所で最も気さくに声をかけてくれる人で、実家へ出戻ってきてからというもの、よくよく会話をしたり、何かしら家の冷蔵庫から持たせてくれたりと、お世話になりっぱなしだった。
そして、彼女は僕の子どもの頃のことをよく知っている人で、彼女にとっての僕とは子ども時のイメージが最も強く、いつまで経っても彼女にとっては僕は坊やであり、こうして亡くなる直前までかわいがってもらっていた。
彼女は家の前で僕を見かけると、いつも挨拶してくれ、そして、僕の全く憶えていない子どもの頃の僕の様子を聞かせてくれた。それはまるで、記憶喪失者のリハビリのようで、自分の知らない宝が僕の中に眠っているのをひとつひとつ掘り起こしてくれるようで、なんともこそばゆいものだった。

知らない自分を知っている。
などと大それたものではないけれど、僕が思い出せない僕の幼少期の記憶、歴史は少なくとも彼女の記憶の断片にはしっかりと刻まれていたのだ。もちろん、今は彼女がいなくなってしまった悲しみと寂しさの只中に自分はいるけれど、同時にもう二度と甦ってこないやもしれない自分の過去、彼女との関係の中にあった幸せの中で過ぎていった時間もまた、沈んでいってしまったような気がする。大人になっていくということ。それは今の自分を知ることになる多くの人と知り合い、自分の原点を知る人はどんどんといなくなっていってしまうという当たり前の事実を前に言葉が出ない。この数年間僕は彼女と会話することで、僕は生まれ育った街で、自分の原点的な何かをもう一度見つめなおしていたのだ。その機会を彼女はその優しさを湛えた笑みと共に僕に与えてくれていたのだ。


今年の正月。
つい1週間半前のことだ。彼女はまだ向かいのうちに自分で挨拶に来てくれるほど、元気だった。それが、ちょっと冬が一瞬本気を見せて、北風を吹かせた途端に彼女を浄土へと連れ去ってしまった。今日も街を冷たい風が吹きさらしていた。

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