2008年6月9日月曜日

彼方から音盤が(その3)~極々私的ディスク選~

【3】 David Grubbs & Nikos Veliotis / The Harmless Dust

―そのアパートの部屋を訪れたからと行って、家主が居るとは限らない。しかし、我々はほぼいつでもその部屋に上がることができる。部屋の中では、剥製と見間違うようなリアルな鳥の置物が木に止まっているのを横に見ながら、ソファでくつろぐこともできる。気が向けばそこでBOSEに電気を吹き込み、ボアダムスの10周年アニバーサリービデオを再生することも、そこに置かれた音楽を気ままに聞くことも可能だ。―

この一節はそこで起こり得たその部屋の状況。僕はその部屋が好きだった。ちゃぶ台の上、ないしちゃぶ台自体はいつでも演奏できる状態にあったし、眠くなったら横になれるベッドもあった。何より家主篠原敏蔵は寛容で穏やかな人で、いつでも僕らを受け入れてくれて、サービス精神に溢れた人で、僕は彼と彼の部屋が大好きだった。彼の部屋に居るとみんな、自由にリラックスできた。そして、彼は今までに僕にたくさんのことを教えてくれて、大事なことにたくさん気づかせてくれる人だ。

そんな彼の家で幾度となく行われたdb_electroという映像と音楽を同時に同位で演奏する僕のバンドのミーティング(そのミーティングの様子はそのまま僕らのライブの映像ソースとしても使われている)の時のことだ。大概、ミーティングはいつも開始時間が23時をまわって集合し始める。そして、いつもみんなが思い思いに本を読んだり、漫画を読んだり、パソコンで動画を見たり、音楽を聴いたり、ご飯を食べたりしながら、ミーティングが始まる。そんなときに、ふと、この音楽がかかる。状況は大して動かない。それぞれがそれぞれの感覚器を知覚させたいままにしている。音楽が鳴っている。時間は流れているのだろう、音楽は止まらない流れの中に居つづけた。

ふと顔を上げる。他のメンバーの様子は変わらない。ミーティングの議題とプラスチック容器のパスタ(ソースがなんであったか?もしかしたら、ハンバーグかなにか付け合せのパスタだったかもしれない)が絡みあって、次のライブのフレームを形作り始める。歯を磨いているメンバーもいる。そのリズムと関係なく、音楽は鳴っていた。僕も当然話の輪に加わる。音が止まらずに時を創る。話を聞きつつも、息を呑む。ピアノが鳴る。そして、音楽が鳴る前の自分と今の自分の感覚に既に変化が起きていることに僕はゆっくりと気づいていった。

僕はあの夜もおそらく興奮していたと思う。それは周りから見ればいつもの興奮した感じに見えたかもしれない。でも、それはきっと違う。僕がそうだと信じている限り。そんな6畳2間ぶち抜きの家での話。

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